久方ぶりのブログ更新。

で、ネタとしては音楽。

ニコニコ動画で、かなりクオリティ高いボーカロイド楽曲(この時代はハチという名前)で有名になった米津玄師さんが2014年4月に発表した新アルバム「YANKEE」、このアルバムが良過ぎます。

試聴してこれはハマるなー、と思ってた。
で、レンタル当日に借りに行き、聴いてみた。
全曲がA面(今時使わない表現だとは思うけど。。)のようなクオリティ!!捨て曲がほぼ無い。
それから本当に毎日ヘビーローテーションで聴いてる。それぐらい良い。この人天才です。

4曲目の「アイネクライネ」はPVも良いんだけど、この人、PVのイラスト(アニメ)も自分で制作してる。これはボーカロイド時代からずっと一緒。すげー多彩な人。

前作のアルバム「diorama」も好きな曲が多くて素晴らしいアルバムだったけど、今回はそれ以上。
曲としても親しみやすいというか分かりやすい。

しばらくこのアルバム聴いて生活しよう。

とにかく実際に聴いてみて欲しい。

なお、過去のPVとか観たい方はこちら。

米津玄師 ハチ OFFICIAL CHANNEL
(「ゴーゴー幽霊船」や「vivi」、「マトリョーシカ」とか超オススメです。)

Screen Shot 2014-02-03 at 22.56.04ザル・バトマングリ監督、ブリット・マーリング主演の映画。

どちらも聞いたことが無い名前だけど、何と主演のブリット・マーリングは脚本にも参加している。そして20代かと思ったら31歳とのこと・・まさに才女。演技も素晴らしかったし、この映画でしっかり名前も覚えた。役者としてだけでなく、作り手としてもこれからが楽しみな女性です。

ちなみに、公式(?)サイトはこちら。
http://www.foxmovies.jp/theeast/

さて、この映画は、アメリカの民間情報(諜報)機関に転職した主人公サラが、環境テロ団体「イースト」へ潜入捜査に入るところからストーリーが始まる。

面白いのがこの民間情報機関。なんと実在のモデルがある。
ストラトフォー(STRATFOR:Strategic Forecastingの略)」と呼ばれる組織。

アメリカのCIAは政府の諜報機関として有名だが、国営だけでなく民間の諜報機関まであるのが驚きだ。戦争の民営化は現実に進んでいて、国を後ろ盾とした軍だけでなく、民間会社の傭兵が様々な戦地へ赴き商売を行っていることを、知ってる人は知ってる。しかし、まさか諜報機関まで民営化されていたとは。。

政府の諜報機関は当然国のために情報を集めるわけだが、民間の諜報機関は企業のために情報を集める。ある特定企業に害を及ぼそうとしている個人/組織がいれば、被害を受けそうな企業がクライアントとなり、その被害を事前に防ぐことが諜報機関の目的となる。

この映画の中で、主人公サラは様々な葛藤に苦しむ。

公害を出しても公表せずに何事も無かったのように利益をあげる企業、手段は間違っていたとしても目的は正しい環境テロ組織、そして、諜報機関の潜入員としての自分の責務。

葛藤に苦しんだ結果サラが下した結論は正しいと思う。
環境テロはどんなに目的が正しくても起こすべきではないと私は思うので。
しかし、この背景を理解した上で映画を観ると、サラの心の変遷を描く縦軸のストーリーが重要なのではなく、そもそも「民間の諜報期間」など成立するのか?という構造的な問題を考えてほしい、という制作者の意図が感じ取れる。
(こういった社会的な問題を真正面から描けるところが、アメリカ映画の底の厚さを感じさせるな。。)

政府の諜報機関なら理解できる。色々と各国の諜報機関に問題はあるとは思うが、あくまでその組織は「国」のために存在する。その行動は国民のため(であるべき)だし、「正義」という建前も立てやすい。しかし、民間の組織だと、会社である以上は「利益」を上げることを目的とせざるをえない。

映画の中でも、サラの上司は、被害を受ける人達よりも会社の利益を優先すべき、という言葉を発する。
倫理的に正しいかではなく儲かるかどうか。民間の会社であれば当然と言える理屈。企業が腐る一番の理由でもある。

しかし、それでいいのだろうか?

サラの悩みの根本はそこにあるように思える。
(サラの前職が政府機関のFBIという設定もその伏線だろう。)

諜報活動というのは要するに「スパイ活動」だ。しかも、「予防」という性質上、どうしても「先制的」にならざるをえない。何か問題を起こすという「可能性」があるだけで相手を攻撃できる。そんな重要な役割を、「利益」を目的とした民間企業が担えるのだろうか?

この映画のラストでサラが出した答えは、その解答のような気がする。

だからこそ、私は共感する。

Screen Shot 2014-01-25 at 16.40.44ふっと、iTunes Storeで試聴して、いきなりハマってしまった。

それが「ヒトリエ」。
オフィシャルサイトは以下。
http://www.hitorie.jp/

なかなか変わった経歴を持ってるミュージシャン。
米津玄師さんもそうだけど、ボーカロイド出身のミュージシャンがメジャーに当たり前に出てくるようになった。ボーカロイドなんてオタクでしょ?という色眼鏡を持ってる方は、何の先入観も無く音楽を聴いてみると良い。その上でご判断を。

さて、購入したのは「センスレス・ワンダー」という曲。
かなり一発で気に入った、良い曲です。

で、iTuens Store見てたら、「ルームシック・ガールズエスケープ」というインディーズのアルバムがあるみたい。さっそくTSUTAYAで借りよう、と思ったけど・・どこにも在庫が無い(笑)まぁ、インディーズアルバムだしな。。しゃーないので、久方ぶりにiTunesでアルバムを購入。

結果、買って大正解!!素晴らしいアルバムです。

ただ、困ったのが歌詞。
デジタル購入なので当然歌詞が無い。そして、普通のメジャーなアーティストであれば当たり前にWeb上に存在している歌詞がどこにも無い!!「センスレス・ワンダー」はメジャーデビュー曲なのでさすがにあったけど。。

何曲かは歌詞見つかったけど、どこにも見当たらない曲もある。
こりゃ、曲聴きながら自分で歌詞を書き留めるしかないか。。

ということで、せっかくなので、書き留めた歌詞を公開させてもらいます。
「ヒトリエ」にハマり始めた自分と同じような方々が活用してくれると嬉しいです。

⇒ 続きを読む

Screen Shot 2014-01-18 at 12.39.12最近の日本には、相対的な価値観が蔓延してると思う。

「俺は良くないと思うけど、まぁ、その人が良いと思ってるんなら良いんじゃない?」みたいな、何かを失うことを恐れて全ての価値を相対化する風潮。

そんな時代だからこそ観るべき映画。

ナチスのユダヤ人虐殺を実行したアイヒマンの裁判を論評した、同じユダヤ人の主人公ハンナ・アーレントにまつわる顛末。

この裁判自体、東京裁判なみに公平性の無い見せしめ裁判なので、日本人としての自分は論じる価値は無いと思うんだけど、ユダヤ人の感情的回復を図るには重要な「儀式」だったんだとは思う。

そこに一石を投じたのが哲学者のハンナ・アーレント。

アイヒマンは官僚としての立場で機械的に虐殺命令を実行しただけで、そこに意志は無かった。悪いのは実行したアイヒマンではない、というのが彼女の主張。

彼女の言う「悪の凡庸さ」。
この恐ろしさを理解できるかどうかが、この作品を観る上での鍵。

今現在仕事をしていても感じる、官僚的な組織(会社)の思考停止状態。個人的な良心はあっても役に立たない。集合としての意志というのか、合成の誤謬とい うのか、誰も望まないのに何故か全体として悪い方向へ進んでしまう。別に当時のドイツ人が特別だったわけじゃなく、人間の組織であればどこでもどんな時代 でも起こりえる話。だからこそ恐ろしい。

そして、よくどこかの政治家が言う「絶対的な悪」など、くだらない宗教(空想)上の概念でしかない、ということが、この作品観るとよくわかる。

身の回りの友人関係を失ってでも真実を追求する、という哲学者としての彼女の姿勢に共感&感動する。
(・・作中のハンスとは後に和解したらしいけど。)

それこそが絶対的な価値だな、と私は作品を観て思った。

Screen Shot 2013-11-04 at 9.41.24園子温監督作品。

1997年にこの作品の舞台ともなっている渋谷区円山町で起こった「東電OL殺人事件」をモチーフにしてるらしいが、あくまでモチーフで特に関連も無いし、ドキュメンタリー映画でも無い。

ストーリーは、殺人事件の解決が縦軸ではあるんだけど、そこの解決とか犯人は正直どうでも良くて、描かれているテーマとしては、「女性の性」、だと思う。言葉にできない身体が感じる「欲望」としての性。なので、作品通してエロス感が半端無い。しかし、裸やセックスシーンがスゴい、というのももちろんあるんだけど、言葉で表現できない以上、身体でそれを表現するしかない。だからこそのこの表現なんだろうな、と思う。それこそが、映像化=映画の醍醐味でもあるわけだし。

この映画では、下品の極みに落ちた女と、貞淑な妻から底へ落ちて行く女、そして、落ちかかっている女、という女性3人が対照的に描かれている。

富樫真、神楽坂恵、水野美紀という3人の女優が演じているが、やはり圧巻は富樫真。ほんとスゴい。
この作品の主人公は水野美紀演じる和子、という設定みたいだけど、どう考えても富樫真演じる尾沢美津子が主人公だ。これ以上書くとネタバラしになるから、ここまでに留めておくけども。。

カフカの「城」も題材として登場する。
どこまで行っても辿り着けない城。「女性の性」の暗喩なんだろう。落ちても落ちても「城」には辿り着けない。どこまで落ちても、登場人物の女性達は満足していないし、もちろん「幸せ」も掴めない。

男性の性も若干作中で扱ってはいるけれど、女性のそれに比べて、何とも底が浅い。
自分が男だから余計そう感じるのかもしれない。暴力的で、くだらないフェティシズム。哲学的な意味も無い。

最後の水野美紀扮する和子の台詞が印象的。

「今どこにいる?」「わからん」

他2人の登場人物は底まで落ちて行き着くところまで辿り着いたって感じだが、この和子はまだその途中。とりあえず「城」が見えるところまでは来た。ここがどこなのか?自分はどの位置まで落ちているのか?それが本人もわかっていない。だから「わからん」と答えた。

この先、「城」へ入って落ち続けるかどうかは本人次第。

これが園監督が伝えたいメッセージなのかな?と自分は感じた。

不倫は、おそらく男女問わずかなり多くの人が行っている行為ではあるが、「性」という欲望に身を委ねても果てしなく落ちていくだけ。「城」が見えるくらいのところで止めておけ。そういうメッセージなんじゃないだろうか。

だからこそ、タイトルが「恋の罪(Guilty of Romance)」なんだろう。「愛の罪」じゃなく。

たしかに、ロマンスを求めた果ての顛末ではある。3人とも。

色々と考えさせられた映画。
で、観終わった後に、なんか圧倒されてちょっと気持ち悪かった。酔ったというか。。。
こういう気分を感じる映画は久しぶり。

さすがです。園子温。