非武装中立論

ちょっとお堅い話を・・

ある雑誌で「武装論」と「非武装中立論」の話を読んだ。
簡単に言うと、「武装論」は突き詰めれば核兵器を持つ、つまり実際の兵器を武器に外国と戦う覚悟を持つということ。
「非武装中立論」は言葉を武器に外国と戦うということだ。

どちらが大変かは、武力で脅す方が楽に決まってて、同じ要求通すのに言葉だけで通させる方が何倍も大変。
特に、世界を見渡して主要国が武力で脅す選択してる中で、そんな国の相手を言葉だけでやるのは・・・。
(外交官は超エリートである必要あり)

理想としては非武装中立はありだけど、反戦平和を語る人ってその大変さをちゃんと理解してる人あんまいない気がする。
現実の世界の背景を踏まえて、そういった大変さを皆が覚悟した上での非武装中立国家ならあり。
個人的には絶対こっちで頑張りたいとは思う。
ただ、皆が意識するにはかなり思い切った日本人自体の人間(意識?)改造を行う必要があるよーに思う・・これって、現実的じゃないなー。

武装論は、まぁ現実的ではあるけど、最近増えてるぷちナショナリズムを持った若者達が、核兵器を持つ意味をちゃんと理解してるとは思えない。
兵器を持つということは、前提として「戦争をする」という事で、核兵器持ったらそれで終わりって話じゃない。
それに日本人であれば、脅しとしてはありでも、絶対使っちゃダメな兵器だってのは骨身に沁みてるはず。
(ただ、絶対使えないって他国に思われちゃうと脅しとして全く効果ないから、ギリギリの所で使う覚悟が無いと、そもそも持つ意味が無い)

今の日本憲法を守るのであれば非武装中立でいくしかないけど、護憲にしろ改憲にしろ、そういった大変さの覚悟は無いままで話だけが進んでる気がする。
まずはスタート地点の確認から始めないと・・。

本来は憲法作るときにやらなくちゃいけなかったんだけど、アメリカに押し付けられただけの憲法なので、その大事な過程を踏んでない。
そのツケを今やっと支払ってるのかな。

さてさて国民はどちらを選ぶのか?
(どちらも選ばない、つまり覚悟を決めないってのが、一番予想できる現実かしら(笑))

今のところ「非武装中立論」にコメントは無し

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