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アイの物語 (角川文庫)
アイの物語 (角川文庫)

山本弘さんの著書。

この本はよく読む本の参考にさせてもらっている、小飼弾氏の「404 Blog Not Found」で紹介(絶賛)されてて、興味持って購入した本。

本編の構成は、まるっきり千夜一夜物語。
シェラザード役のアンドロイド「アイビス」が、人間である僕「語り部」にAIに絡んだ話を聞かせてくれる。

目次は以下の通り。

プロローグ
インターミッション1
第1部 宇宙をぼくの手の上に
インターミッション2
第2部 ときめきの仮想空間
インターミッション3
第3部 ミラーガール
インターミッション4
第4部 ブラックホール・ダイバー
インターミッション5
第5部 正義が正義である世界
インターミッション6
第6部 詩音が来た日
インターミッション7
第7部 アイの物語
インターミッション8
エピローグ

各話とも凄く興味深い話。
第1部~6部までは全て物語、そして第7部のみがこの話の中での「真実」になっている。

インターミッションでは、アイビスが語った話について、アイビスと語り部(特に語られる側の語り部)がその話について意見を述べる。その過程で、語り部の考え方に徐々に変化が生まれていく。

一番印象に残ったのが、第6部「詩音が来た日」の中で、アンドロイド「詩音(しおん)」が語った一言。

すべての人間は認知症である」。

症状の程度の差はあるが、すべての人間は認知症だと詩音は語る。そして、認知症のヒトの多くは自分が認知症という自覚を持っていない。これも条件として当てはまる。

正しく思考できない、何をしているか何をすべきかをすぐ見失う、事実に反することを事実と思い込む、被害妄想に陥る・・・これらのことの論理的帰結として、詩音は「すべての人間は認知症である」という結論を導く。

人間として、「そんなことは無い」と感情的に否定した神原の気持ちはわかるが、不思議なくらい私の腑にストッと落ちた。たしかにその通りだ・・と。

そして、第7部「アイの物語」で、アイビス達アンドロイドが語る概念「ゲドシールド」。その意味は、「自分は真実を知っていると思い込んでいるヒトが、外界からの真実の情報を無意識にシャットアウトすることで、自分自身を偽ろうとする心理的機構」のこと。

また、「DIMB」という概念も語っている。この意味は「ゲドシールドの内側に自分自身の不安や願望を投影し、それを外界と思い込んでいる者」。

概念名はフィクションなのでどうでも良く、重要なのはその意味。
これはほんとに人間の特徴、特に愚かしい特徴の1つだと感じる。

エヴァンゲリオンの「ATフィールド」も同じような意味かな・・?自分の殻を作り、その中に収まって外の世界を見る。不安や願望というレンズを通して見た外界は、ありのままの姿を知覚できない。「自分(のゲドシールド)が変われば世界(の見え方)が変わる」という言い回しも意味は同じだ。レンズが捻じ曲がってしまうと、自分の願望ではなく世界の方が間違っているんだと勘違いをし、ますます自分の殻に閉じこもる。

うつ病の症状に似ている気がするが、「ゲドシールド」は人間誰しも持っていると思う。「信仰」も根っこは同じ。人間は自分のフィルターを通した上で、世界と接触している。だからこそ、事実と反することを事実と思い込んでしまうのだろう。

そしてアンドロイド達は、(これも当然なのだが)人間は「道徳的」でもないし、「倫理的」でもない、とも語る。真に「道徳的」なのであれば、自らの「正義」を守るため、他人を傷付けたりはしない・・と。ヒトとして言い返す言葉も無い。。

一つ知見を得たのが、虚数「i」について。

以前、「異端の数ゼロ」という本を読んでブログにも書いたが、この本の中で、ゼロと無限大を北極南極に見立てた、実数と虚数の複素平面(リーマン球)という概念を学んだ。実は「ゼロ」も「無限大」も相当いい加減な代物で、論理的には何ら解決しておらず、単に収まりが良い場所へ収まっただけじゃないか・・と、この本を読んで少し憤りを感じたりした。

しかし、本書でアイビスは「理解できなくても許容すれば良い」と語る。虚数iも同じ。論理的には解決しない=理解できない状態でも、違いを認識することは出来る。対象を完全に「理解」できなくても、違いを認識できれば「許容」は出来る。これは大事な考え。この考えを常に実践できれば、おそらく世界中の争いのほとんどは無くなるだろう。

そして、それを実践できるのは「ロボット」だけ、という結末も納得。
改めて思う。人間は地球の支配者ではない。むしろ「癌」なんだと。。
完全に論理的な存在であるロボットの方が、道徳的だし倫理的になれる。

既存のSF作品は「ロボット」が反乱を起こして「人間」を支配する…というストーリーが多い。これは結局「人間」側の視点でしかない。「人間」同士争い、互いを傷つけるのが当たり前なのだから、「ロボット」だって同じコトをやるはずだ…と。。

本書では、人間はロボットに支配(コントロール)されている。しかし暴力的な手段ではない。まさに「許容」だ。争いの火種を起こすのは「人間」側。この視点が何より素晴らしい。ほんとに目から鱗。普通に考えれば当然だ。「ロボット」が戦争なんて非合理なことやるはずが無いんだよな。。

そう納得したとき、やはり今後人類は緩やかに衰退していくんだろうな…と感じた。
不思議と悲しいとか寂しいとは思わない。悲観的でも無い。

むしろ「当たり前」なんだ。

本書で著者が主張したいのは、「物語」の力だろう。
しかし、私が本書を読んで得た1つの結論は、人間以外の別の存在に、早く人間は役目を引き継いだ方が、人間にとっても幸せなんだろうという、いわば「この世界で人間が果たす役割の限界」だ。

別に悲観的な結論ではない。事実から当たり前にたどり着く結論。「人間には無限の可能性がある!!」という言葉がいかに嘘臭いか。。それがはっきりわかった。

まぁ、他の存在に引き渡すってのが可能かどうかは置いておいて・・。

この「アイの物語」は、「物語」の価値を伝えられる作品。
ヒトとして自身の存在意義を考えさせられる。
そして、読んだ後、清清しい気持ちになれる。

文句無しにお薦めできる作品だ。

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