医薬品クライシス

佐藤健太郎氏の著書。

「医薬品」つまり、製薬業界の新薬開発にまつわる話を扱った本。
著者は元々新薬開発に関わっていた人。

製薬業界って実はよく知らない。薬は鼻炎薬くらいしか使わないので、あまり興味が無かったというのもある。しかし、製薬会社は不当に儲けてるって悪いイメージを何故か持ってる。本書でも書かれてたが、「バイオハザード」シリーズなど、製薬会社って物語に悪役として出てくることが多いので(笑)

この本は、その「不当に」儲けてるってイメージは払拭してくれた。

まずは目次から。

はじめに

一章 薬の効果は奇跡に近い
「薬九層倍」は真実か/創薬は人類最難の事業である/ビー玉で地球を操る/接着剤か付箋か/タンパク質の仕事/薬はタンパク質に働きかける/酵素と受容体を狙え/胃潰瘍と花粉症が同じ薬で治る?/設計図のない精密機械/防衛ラインを突破せよ/インスリンを飲み薬にできない理由/あまりにも矛盾した条件

二章 創薬というギャンブル
最先端の創薬現場/新薬を創れる国は十ヶ国に満たない/動物実験でわからないこと/特許をめぐる熾烈な争い/「研究」と「開発」の違い/臨床試験の長い道のり/のしかかる倫理問題/バイアグラは偶然の産物/研究者のフロンティアスピリット

三章 全ての医薬は欠陥品である
薬が嫌われる理由/薬は病気を治すものではない/怪僧ラスプーチンの死因/誰にでも効く薬はない/医薬の限界/防げる副作用、防げない副作用/毒と薬は紙一重/「飲み合わせ」という落とし穴/進む副作用対策/リスク過敏症の弊害/なぜ南アでエイズが蔓延したか/タミフル騒動の盲点/新型インフルエンザの特効薬/イレッサの是非/数字と感情のあいだ

四章 常識の通用しない七十八兆円市場
薬の値段を決めるもの/アメリカの薬価は世界一/特許切れという恐怖/ジェネリックと先発品は同じか/普及するジェネリック/高収益で不安定な業界構造/なにが売れるかわからない/老舗を呑み込んだ大ヒット製品/メガファーマの誕生/道半ばの国内再編/合併の功罪/新薬の産声が止んだ

五章 迫り来る二〇一〇年問題
巨艦ファイザーの憂鬱/創薬技術の躍進/ゲノム解読とテーラーメイド医療/研究者大量失業の時代/創薬力は低下したか/難病だけが残った/新技術の限界/名門メルクの蹉跌/バイオックス事件の衝撃/厳格化する安全基準/遠のくゴール/大合併が招いた保守化/ベンチャー企業の台頭/発想の芽を摘んだ成果主義/「一万五千円」の報奨金/スターは企業に残らない

六章 製薬会社の終わらない使命
研究機関に新薬は創れない/優良ベンチャーの争奪戦/抗体医薬の登場/鋭い効き目と高い安全性/命の値段がつりあがる/創薬手法のパラダイムシフト/夢の医療に向かって

おわりに

新しい薬は、世界中の製薬会社を合計しても、年間「15~20」製品しか開発できないらしい。そして、1つの薬を開発するのに4~5年は必要。また、飲み薬は口から入り「胃⇒小腸⇒血流⇒肝臓」と体内で目まぐるしく変わる環境(「薬物動態」というらしい)の中で、ターゲットとなるタンパク質「だけ」に効く必要がある。その条件がかなり厳しい。

この「薬物動態」の話は凄く興味深い。

今まで意識したことが無かった、薬が体の中をどう旅しているか、さわりだけでも理解できたように思う。酸性の胃をくぐり、アルカリ性(消化酵素たっぷり)の腸をくぐり、血液に乗って体を駆け巡り、肝臓という体にとって有益な「モノ」を選別するフィルターを通った上で、やっと目的にたどり着く。その長い旅路。想像するだけで楽しい。苦労してたんだなー、薬ってやつは(笑)

酵素」と「受容体」の話もタメになった。

なるほど、薬はタンパク質(20数種類のアミノ酸)の接続箇所である「受容体」という鍵穴に埋め込む「鍵」として機能させるか、あるいはアミノ酸を接続し直す(タンパク質を作り変える)「酵素」の生産調整をするか、2種類の方法で効果を出すのか。。

それと、「ヒトゲノム」が2003年に全て解明されたが、ゲノムには個人差もあり、各個人にオーダーメイド医薬を作れるほど技術が進歩しているわけでも無いため、未だ「ヒトゲノム」を活用した医療の実用化には至っていないという話を知ることができたのは良かった。「ヒトゲノム」って一時期随分持て囃されたが、すっかり聞かなくなったのでどうなったんだろう?と思っていたので。

で、普段知ることの無い医療業界のことを知れたのは凄く本読んだ甲斐があったのだが、読み終わった後どうじても感じざるを得なかったことに1つ触れる。

それは、著者の「ビジネスに対する考え方の甘さ」だ。

20年という特許の保護期間が次々に切れて、ジェネリック医薬品として安く薬が生まれ変わるのは消費者としては良いのだが、特許を持ってる製薬会社としては看板商品の売上が下がることになる。よって、次々に新しい商品(新薬)を作る必要がある。人間の体は「ゲノム」が解明されてもまだわからないことだらけなので、想定できない事態も起こり得るだろう。しかも命に直結する可能性もある。よって、臨床試験する際の諸条件も徐々に厳しくなっているし、ライバル会社との数日の特許承認日の違いで、開発全てが無に帰することもある。

それはそれは大変だろう。

しかし、身も蓋もない言い方をしてしまえば、「だから何?(So What?)」

成立過程を考えるとアホとしていいようの無い「個人情報保護法」の悪影響や、コンプライアンス(法令遵守)の強化など、最近規制が強くなってるのはどの企業も条件は一緒。新しいサービスを生み出すのに苦労してるのも一緒。会社内部での世代交代(新陳代謝)が起きないことや、「成果主義」が現場に悪影響を与えてるなんて話は既に聞き飽きてる。そんなのどの業界のどの会社でも当たり前のことでしょ?と言いたくなる。

で、大きな製薬会社は8000億円くらいでM&Aを行ったりする。なんだ、そのキャッシュは?もちろん、余剰金じゃなく、融資も含めての額だろうけど、それだけ大きなお金を動かせるってことはそれだけの稼ぎもあるし、将来性もあると見込まれてるってことだろう??

昔はかなり条件が甘くて、それこそ「不当に」稼ぐことができた医薬品市場が、やっと適正になってきただけじゃないの?

もちろん、製薬会社には博士号を持ってる人たちがゴロゴロ居るんだろうけど、資格持ってる「優秀な人材」であれば高い給料もらえて当たり前、なんて甘い考え持ってるわけではないよね?ビジネスは結果なので、資格なんて関係無い。それだけの話じゃないか。。

本書の最後に書かれてるが、既存の小さな分子をターゲットとする「低分子医薬」以外にも、生物の免疫機能である「抗体」を人工的に創り出す「抗体医薬」や、「核酸医薬」などの新しいフロンティアも生まれてるじゃないか。

そういう意味では別に「クライシス」でも何でもない。

何となく、IT業界のビジネスを考えていない技術者に通低するような、「甘え」が感じられて、最後はちょっとだけ後味が悪かった。残念。。

今のところ「医薬品クライシス」にコメントは無し

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