これからの「正義」の話をしよう

もはや今更な本。ご存知、去年2010年に話題となった哲学本。

私も2010年夏頃に1度読んだのだが、マイケル・サンデル氏がハーバード大学で行った授業を12回に分けてテレビ放送した「ハーバード白熱教室」は当時見れなかった。その番組が2011年の正月に再放送されたので、HDDに撮り溜め、まとめて観るついでに本も一緒に読み返してみた。

本書の内容と共に、「ハーバード白熱教室」の内容についても触れてみたいと思う。

さて、前述したが、著者はマイケル・サンデル氏。
ハーバード大学で政治哲学の授業を受け持っている人気講師とのこと。
白熱教室を観ていても、その人気ぶりというか、生徒達からリスペクトされているのがよく伝わってきた。

そんなサンデル氏が、「正義」について真正面から向き合ったのが本書。
まずは目次を。

第1章 正しいことをする
第2章 最大幸福原理──功利主義
第3章 私は私のものか?──リバタリアニズム(自由至上主義)
第4章 雇われ助っ人──市場と倫理
第5章 重要なのは動機──イマヌエル・カント
第6章 平等をめぐる議論――ジョン・ロールズ
第7章 アファーマティブ・アクションをめぐる論争
第8章 誰が何に値するか?──アリストテレス
第9章 たがいに負うものは何か?――忠誠のジレンマ
第10章 正義と共通善

本書では、過去の様々な哲学者や哲学原理を説明し、その考えの利点/欠点を論じている。
ジェレミー・ベンサム、ジョン・スチュアート・ミル、ジョン・ロック、イマヌエル・カント、ジョン・ロールズ、そしてアリストテレス。

また、哲学原理としては、功利主義自由至上主義(リバタリアニズム)共同体主義(コミュニタリアニズム)の3つが主に説明されている。

哲学者のそれぞれの思想は、哲学原理を説いている人もいれば、カントのように「道徳性」について突き詰めて考えた人もいて様々。。しかし、ある程度は3つの原理に区分けして良いように思える。この3つの考え方にはそれぞれ以下の欠点がある。

・功利主義  — 帰結(結果良ければOK)の限界
・自由至上主義 — 契約の限界
・共同体主義 — 善の限界

この本のテーマは「正義」。
「正義」は「」の概念と切り離すことが出来ず、「善い生」は「道徳性」と切り離せないとサンデル氏は説く。功利主義も自由至上主義も、利点はあるのでケースバイケースで有効。日常生活でも十分使える。しかし、そこから「道徳性」を導き出すことが出来ない。

功利主義は全体の「効用」を重視するあまり、切り捨てられる側の人間性(人格)を無視してしまう。他全員のためにお前死んでくれ、と言われて「はい」と言える人はそうそう居ない。

自由至上主義の「自己所有権」の概念は強力。「政府」は絶対ではないので、犯してはならない個人の権利があるとすれば、「自己所有権」(あとは「生存権」)はそれに当たる、という考えはすごく納得ができる。

自由至上主義は簡単に言えば、「義務」を果たせば(他人に迷惑をかけなければ)基本何をやってもOK、という考え方。それがイコール「自由」(カントの自由は全く別の概念だが、カントの考えは理解はできるけども本筋から逸れるので無視することにする(笑))。「義務」は「契約」により発生し、「契約」は双方の「同意」により成立する。この「同意」自体には道徳的な力がある。しかし、突き詰めて考えると、「同意」さえあれば、自分の臓器を売っても良いし、麻薬を使っても良いし、人を殺しても良いことになる。そこには「規範(道徳)」が生まれる余地が無い。最後は論理的に「無政府主義」にたどり着く。

「自己所有権」は誰もが生まれ持った「自然権」である、という考えは理解できるが、その考えをある種の暴力装置(笑)で守っているのが「政府」の役割だ。「国」という枠組みがあるからこそ、我々は「自己所有権」を主張していられる。無政府状態だと「所有権」など主張しても無意味。暴力で奪われるだけなのだから。

そこに、自由至上主義の限界(矛盾)があるように思う。

さて、共同体主義だが、「政府(国)」も1つのコミュニティではあるので、そこには「規範(法律)」がある。そして、歴史あるコミュニティであればあるほど、「物語」が生まれ、「伝統」や「慣習」も作られる。「伝統」や「慣習」は暗黙ルール、その目的は「コミュニティを存続させるため」にある。

本書で説明される、以下3つの重要な道徳的義務がある。

①自然的義務:普遍的。合意を必要としない。
②自発的責務:個別的。合意を必要とする。
③連帯の責務:個別的。合意を必要としない。

①は「共通善」に当たるか?②は個々人の「契約」。そして、③が「伝統」や「慣習」に当たる。コミュニティとしての連帯を維持するための果たすべき責務はたしかに存在する。

3つの原理の中で一番腑に落ちる考え方ではあるが、1つ問題がある。
「連帯の責務」は個別的であるゆえに、複数の「共同体の連帯」が存在する。それぞれ伝統や慣習があり、それぞれ「道徳観」が異なる。よって、当然「善き生」の概念も違う。つまり、複数の「正義」が存在するということだ。

それでは「正義」と「正義」がぶつかったらどうなるか?
言うまでも無い。過去の歴史が証明している。

ここが共同体主義の限界でもある。

結局サンデル氏は絶対普遍な「正義(共通善)」は無いと言う。
私もそう思う。これだけ価値観が多様化し、国家だけでなく民族や宗教も異なれば、普遍的な「正義」など存在しえない。しかし、サンデル氏が提唱するように、違う価値観を避けずに、相互に理解しあうため積極的に関与すべきだ。「無知」は「不信」に、「不信」は「恐れ」に、「恐れ」は「憎しみ」に簡単に変化する。だからこそ、「相互理解」が大事なのだろう。

さて、今回改めて「ハーバード白熱教室」も一緒に観たわけだが、サンデル氏の考えを本と番組両方を通して観ると、より理解が深まる。そして、生徒達と真剣に議論し相互理解しようとする姿勢は感動すら覚える。最終回で生徒達からスタンディングオベーション受けたのも当然。また、生徒達のレベル(意識)の高さもさすがハーバード大学。学生ということは18歳か19歳くらいだろうが、知識/思考レベルが、日本人の最高レベルの同世代と比較してどれくらいの差があるんだろう?と、ちょっと怖くなった。単なる偏差値、頭の回転という意味ではなく、政治に関心を持つ「民度の高さ」という意味で、その差は明らかのように感じてしまった。追いつくのにあと数十年はかかるだろうな。。

ついでに「ハーバード白熱教室」の全12回のテーマも以下に記載しておくことにする。

第1回 殺人に正義はあるか
レクチャー1 犠牲になる命を選べるか
レクチャー2 サバイバルのための「殺人」

第2回 命に値段をつけられるか
レクチャー1 ある企業のあやまち
レクチャー2 高級な「喜び」 低級な「喜び」

第3回 「富」は誰のもの?
レクチャー1 「課税」に正義はあるか?
レクチャー2 「私」を所有してるのはだれ?

第4回 この土地は誰のもの?
レクチャー1 土地略奪に正義はあるか
レクチャー2 社会に入る「同意」

第5回 お金で買えるもの 買えないもの
レクチャー1 兵士は金で雇えるか
レクチャー2 母性 売り出し中

第6回 動機と結果 どちらが大切?
レクチャー1 自分の動機に注意
レクチャー2 道徳性の最高原理

第7回 嘘をつかない練習
レクチャー1 「嘘」の教訓
レクチャー2 契約は契約だ

第8回 能力主義に正義はない?
レクチャー1 勝者に課せられるもの
レクチャー2 私の報酬をきめるのは…

第9回 入学資格を議論する
レクチャー1 私がなぜ不合格?
レクチャー2 最高のフルートは誰の手に?

第10回 アリストテレスは死んでない
レクチャー1 ゴルフの目的は歩くこと?
レクチャー2 奴隷制に正義あり?

第11回 愛国心と正義 どちらが大切?
レクチャー1 善と善が衝突する時
レクチャー2 愛国心のジレンマ

第12回 善き生を追求する
レクチャー1 同姓結婚を議論する
レクチャー2 正義へのアプローチ

ところで、改めて読んでみたが、本書はけして簡単な内容ではない。
こんな本が昨年売れた理由はなんだろうか?まぁ、買った人全員が読んでるわけではないと思うが(笑)
推測だが、おそらくバブル以降「地域コミュニティ」が破壊され、バラバラの個がむき出しになってしまった日本社会で、その中でも就職難もありさらに将来不安を感じている若者達が、確固たる価値観にすがるために「正義」という言葉に引かれた、というのが理由ではないだろうか??

しかし、この本には普遍的、絶対的な「正義」は提示されていない。
大事なのは、その「正義」を自分自身で見つけるためのスタンスを維持する精神力(モチベーション)だったり、基礎学力だったり、居場所を確認できる共同体(コミュニティ)だったりする。いずれにせよ、一朝一夕で手に入るものではない。長い時間が必要。私は今の40~60代にはほとんど何も期待していないので、我々30代が支え、20代10代の若い人達が、その次の世代へ何かしらの社会資産(ソーシャルヘリテイジ)を受け渡せるよう、今は踏ん張り続けるしかないのかなー、と改めて感じた。

ぜひ、このブログを読んだあなたも、本書を読んで「正義(善)」について考えてみてほしい。
時間をかけるだけの価値は必ずあると保証する。

※「ハーバード白熱教室」の動画をWeb上にUPしておきました。
あくまで自分用なので公開はしていないですが、連絡もらえればダウンロードできるよう設定変えますので、興味ある方はご連絡ください。

今のところ「これからの「正義」の話をしよう」にコメントは無し

コメントを残す