「マル激」(2)

次のその政治の問題だ。

最近は官僚がすべての諸悪の根源で、官僚組織さえ変えれば全ての問題が解決するのだ!!みたいな単純な論調がそこかしこに見られる。たしかに官僚組織も制度的に腐っているので変える必要はあるけど、政治家にブレーンがいないのが一番まずい状況ってのがこの本で理解できた。

官僚ってのは要するに「政策エリート」だ。
何かしら政治主導で行わなければいけない案件があった時に、そのプランを考えて時には実行もする。
その役割自体は当然必要で、頭の良い(偏差値が高いって意味ではない…)エリートがその役割を担うのは当然だと思う。

政治家はその方向性を決めるだけなので、細かいところは官僚任せになるのも仕方ない。

問題は、その官僚に対抗するカウンターパートがいないことだ。
海外では普通に存在する、政策シンクタンクや政策NPO団体、政策秘書官や、知識人や大学教授などの一般エリート層がほとんど無いため、官僚の政策を「これはこの省庁のこの権益を守るためにこんな風に政策がたくみに盛り込まれてまっせ」と政治家に助言(ロビーイング)できるだけの勢力が存在しない。これが一番まずい。

この結果、その政策に各省庁の既得権益を守るためのそれぞれの思惑が盛り込まれてても、ほぼノーチェックで国会を通過してしまい、官僚の権益が無事守られる…というわけだ。

もちろん国会でも審議はしているが、どだい時間が足りないし、単なる人気取りのポビュリズムに陥った政治家や人生経験の足りない2世/3世議員などには期待も出来ないし、そもそも官僚と一緒に既得権益に預かっている議員もいるわけだから、、期待しろという方が無理がある。

志の高い政治家も中にはいると思うが、こういう構造になってると戦う術が少なすぎる。。

また、政治家を間に挟んだ「官僚」のカウンタパート以外にも、政権(与党)を間に挟んだ「自民党」のカウンターパートが存在しないのも大問題。結局これは「民主党」に頑張ってもらうしかないんだけど。。
民主党も自民党と似たり寄ったりだとは思うけど、政権交代があるというプレッシャーが無いのが一番まずい状況なので、日本も早く2大政党制にならないと(こないだの郵政総選挙がその良い機会だったと思うんだけどね…)

そして何よりも問題なのは日本の「国民」だ。

政治への関心や貢献、自分たちを支えている社会システムの理解や恩恵にとにかく無自覚で、民度が低すぎるということだ。
本来、政治家にしろ官僚にしろ、国民がもっとチェックをしなくちゃいけないんだけど、前述した問題だらけのメディアのフィルターを通して流れてくる骨抜きされた情報を、日々無自覚に受け取ってる思考停止状態な人たちに、そんな民度が芽吹くはずが無い。
そして、日本人の悪い伝統なのか、話が精神論になりやすい。原理原則に沿った話ができずに、その場の「雰囲気」とか「空気」に流されてしまう。

どこもかしこも問題だらけで、いったいどこから手をつけて良いのか絶望的になってくるけど、まだ希望はある。

神保さんにしろ宮台さんにしろ、また雑誌サイゾーで宮台さんと一緒に連載してる宮崎哲弥さん、そして自分の中でこーいう問題への発端を開いてくれた小林よしのりさんなどなど、戦っている先輩方がまだ多数いるということだ。
他にも数は少ないと思うけど、まだ希望を捨てず戦っている人はいる。

けど、あと10年か20年今の状況が続くと、もうどうしようも無い所まで行き着いてしまう…そんな感じがするのだ。つまり、今変えないと手遅れになる。。最近自分がこういった事にかなり関心があるのも、そういう予感というか不安が、日々生活してる中で感じられ、自分の中でだんだん大きくなってるからだ。

だからといって、いきなり政治団体やNPOに入って活動しようというわけじゃないが、とにかく日頃からアンテナを張っておき、思考停止にならないようこのblogなどでも定期的に取り上げて頭を鍛えておく。

まずはそこから始めるしかないかな。。。

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