published by よねさん

会社でよく後輩に、自分が今まで経験してきたことの中で、「これはこの先この人が覚えておくと有益だろうな、覚えておかないと高い確率で失敗するだろうな」と感じることを、伝えようと思うコトがある。

自分自身、若い頃に知ってればもっと早く成長できたんだろうなー、と思うコトなので、出来るだけ伝えようと努力はする。

なんだけど、伝え方が拙い、など自分自身の力量不足も結構大きいけど、ほぼ伝わっていないことが多い。要するにその人の「価値観(信念)」を変えるまでに至らない。

何でだろ?
・・と思ったので、ちょっと突っ込んで考えてみたい。

人から教えを受けて「価値観」を変えるには、以下のようなプロセスがあるように思う。

  1. まずはその人の言うことをしっかり聞く
  2. 言われたことを実践して試してみる
  3. その考え(方法)は有益だと実感し、考え(価値観)を変える
  4. その新しい考えが「行動」として定着する

この4つのプロセスを通して、人は「変化」していくんだと思う。
(+であれば「成長」、ーであれば「退化」と呼んでるのかな?どちらにせ「変化」だ。)

よく「素直な人の方が覚えが早い」って言うけど、それはこの1と2のプロセスをすんなり通過できるからだ。逆に、「頑固」な人の特徴は、2のプロセスに至らないこと。

私は「頑固な人」=「自分を無謬だと考える人」だと思っている。
(「無謬」は「自分にミスは無い」ってこと)

以前このエントリーでも書いたけど、失敗する法則の中で、この「無謬性」ってかなり大きいように思う。

人の意見なんて聞く必要無い。だって、自分は間違うはず無いんだもの。間違ってるのは他人。そんな他人の言うこと聞く意味無い。時間の無駄。他人には価値などない。・・・というスパイラルに陥る。自分の世界だけに埋没する。これが行き過ぎると、自分だけの「神」を作るに至る。そんな他人なんか死んでも良い、と。「酒鬼薔薇」事件などがその典型かな。

まぁ、一人だけで完結できる作業してる人であれば別に良い。職人さんとかね。家族とか周りの人は困るだろうけど、他人には迷惑かからん。しかし、会社などの「チーム」で作業する際に、このタイプの人は大変困る。確実に周りに害悪を振りまく。しかも、本人は気づいてないケースが多いので、余計にタチが悪い。

ちなみに、「子供の教育」とは違う。

私は子供はいないので子育てはまだ経験してないけど、子供は「白紙」の状態なので、何色にも染まる。バカ親にならない限り、躾などを通して、それなりの価値観を身につけられるだろうとは思う。考えるよりずっと大変なんだろうけど。それが親の責任でしょう。

あと、会社とかの「新人の教育」も「子供」と一緒。変な価値観身に付けていないので、1と2のプロセスは簡単に通せる。

しかし、一度自分の「価値観」を身につけた人に、「その価値観は少し違ってるよ」と理解してもらうのは本当に骨が折れる。大半が、プロセス1の段階で門前払いになる。

で、この価値観、私は2つ種類があると思ってる。
それが以下2つ。

 ①自分一人だけで何か行うときに使う「思考/行動指針」
 ②二人以上で何か行うときに使う「思考/行動指針」

完全に区別できるわけじゃないので、①と②が交じり合うケースも多いだろうと思う。だって、同じ一人の人間なんだし。自分の「外部」のシチュエーションが違うだけ。「TPO」や「KY」とかの考え方にも通底してるかもしれない。

何かの「チーム」に所属しているのであれば、①を理由にして、周りに迷惑をかける可能性のある「価値観」を変えないのは迷惑でしかない。そこまで我を通すのであれば、「チーム」に所属しなければ良い。「チーム」から抜けて、「独立」して一人でやれば良いのだよ、ほんとに。

②は「ルール」と言えるかな?
行動指針。思考指針とはちょっと違うと思うけど。「規則」「法律」も要するに行動指針だ。

・・・さてさて、ここまで考えながら書いてみて気づいたんだけど、今会社で感じてる問題は、よく考えれば、この①と②の違いが原因じゃないわ。。プロセス1からプロセス2へ至る「環境」の問題だ。。

人の話を聞き「理解」するのが1のプロセスで、それを「実行」するのが2のプロセス。しかし、実行する「仕組み」が無ければ、それが「良い方法」か「悪い方法」かを検証できない。当然3のプロセスにも移れない。

今の環境、「頑固」だから1のプロセスを通過できない人がいる、ってのもあるんだけど、2を実行する仕組みがそもそも無いんだよな。。環境が無い。それを変えようって動きもない。で、この2のプロセスが実行できないと、また1に戻ってくる。つまり、より「頑固」になってしまう。だって、検証ができないから。「自分が間違っている」という証明ができない。だから、「自分が正しい」と考えるしか無くなる。2のプロセスを実行できる環境が無ければ無いほど、「無謬性」は強くなる。

「自分が間違っているって気づく機会」って本当に大事だ。

周りの言うことを聞かない人が大きな権力を持ちすぎると組織が滅ぶのも同じ理由。周りがイエスマンだけだと、「間違いを気づく機会」はほぼ無くなるもの。だからこそ、自分の間違いを指摘してもらえる「仕組み」が必要なんだろうな。。賢い人は自らその「仕組み」を作る。そういった立場の人は「仕組み」を作る側だし。昔の王様が、王様の権力を相対化する「道化」をそばに置いてたのも、長く制度運営して必要と悟った一種の「知恵」なんだろうね。

うーーん。。。
元々は「人に教える」というコトについて考えるはずだったんだけど。。結局今の会社には仕組みが無い、希望が薄いということを再認識する結果になっちゃったな。。こんなはずじゃなかったんけど(笑)

まぁ、深く考える良い「契機」にはなったので、それで良しとしますかね。

今のところ「「人に教える」ということ」にコメントは無し

コメントを残す