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できそこないの男たち (光文社新書)
できそこないの男たち (光文社新書)

福岡伸一さんの著書。

福岡さんの本は、以前「生物と無生物のあいだ」を読んで書評にも書いた。ウイルスは生物か?無生物か?というテーマを、大変興味深く読ませてもらった。氏の経験を通した話なので、それぞれの事象が何と言うか、凄く生き生きとした躍動感があって、科学者が書いた本とは思えない興奮があった。

今回は男女の違い。

これも面白かったぁ〜。ほんとに目から鱗が落ちまくり。こんな経験はなかなか出来ない。
本は結構当たり外れが激しいし、20〜30冊読んで当たりが1冊くらいの割合だと思うけど、この本はそんな当たりの1冊。ほんとに読んでて楽しかった。

まず驚きなのが、「生命の基本仕様が女である」ということ。
受精後7週間」までは、どんな人間も女の状態。これが何より一番驚いた。

女はX+X染色体で、男はX+Y染色体。これは色んな本やら漫画にも出てくるので知ってた。この本ではその男になる要素、Y染色体とは何か?この謎を解き明かしている。答え言っちゃうと「SRY遺伝子」なんだけど、その答えに辿り着くまでの科学者達のドラマが、これまた面白い。

また、受精後7週間までは誰でも持ってた「ウォルフ管」と「ミュラー管」の話もほんと興味深い。

「ウォルフ管」は尿道へ、「ミュラー管」は子宮へ変化していくらしいのだが、これはあくまで女の場合だけで、男に子宮は無い。つまり、「SRY遺伝子」を持った男の場合、「ミュラー管」の入り口は縫い合わされて閉ざされてしまう。この縫い口が「蟻の杜渡り」と呼ばれてるらしい。自分の確かめてみたが(笑)、たしかに…ある。

この本読んで、人間、特に男の体は不思議な作りだな〜と改めて気づかされた。
何せ「精子」と「尿」が同じ場所から出てくるんだから。。ほんと考えてみるといい加減な作りだ。精子は生命を生み出すもの、尿は排泄物。全く違う機能なのに。。

基本仕様が「女」で、それをカスタマイズしたのが「男」。
そして、そのカスタマイズはかなりいい加減で、子供を生む種さえ作れればそれで役割を終わり、と言わんばかりのカスタム仕様。それは生命力弱くなるよな。。痛みにも弱いし病気にも弱い。

まさに「できそこないの男たち」。

ちょっと悲しくもあるが、妙に納得。
自分は「この世は女のため社会だ」と昔から思っていたし、今でもそう思っている。この本はそれを裏付けている。単なる遺伝子の運び屋。バリエーションを生み出すための媒介でしかない。しかし、だからと言って別に自分が男であることに落胆したりはしない。しないけど、なんか変な気分。感情的に。。

男は女よりも体力的に恵まれている。筋肉(力)もあるし。しかし、逆にそれしか無いってことじゃないか?力が無かったら、それこそ男は存在する必要すら無いかも。。だからこそ男は力を誇示するし、筋肉を誇るのかなーとも思う。あ…あと、理性的ではあるか。。

そう考えると、男としてポジティブに生きるには…、結局「仕事」か?(笑)「遊び」と言い替えてもいいけど。要するに「余分なもの」だ。基本仕様じゃないからこそ、生きる上で合理的ではないし、「遊び」を生み出すのは男の方が上手いんだろうな。より理性的なくせに。これも変な話だ。

それはそれで興味深い。

…と、思考を巡らすとグルグルと終わりが無いが、とりあえず本読んで考え着いたこと。読む人によって辿り着く先は違うと思うが確実にトリップできる。そんな思考の旅をしたい方は読んでみて。

以下は目次。

>第 一 章  見えないものを見た男
第 二 章  男の秘密を覗いた女
第 三 章  匂いのない匂い
第 四 章  誤認逮捕
第 五 章  SRY遺伝子
第 六 章  ミュラー博士とウォルフ博士
第 七 章  アリマキ的人生
第 八 章  弱きもの、汝の名は男なり
第 九 章  Yの旅路
第 十 章  ハーバードの星
第 十一 章  余剰の起源

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